大企業を辞めて精神保健福祉士になりました。

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社長表彰までされた大きな会社を10年の節目で辞めて精神保健福祉士になりました。『細く長く働く』がモットーです。

元事務次官長男殺害事件はどうすれば防げたのか?【専門家の視点】

はじめに

 

地域の支援者として、

引きこもりの方へのアウトリーチの取り組みや、統合失調症の方やそのご家族と多く関わってきた経験。

そして何より、担当していた利用者さんの死とも向き合ってきた専門職として、

皆様の記憶にも新しい『元事務次官長男殺害事件』について考察をしていきたいと思います。

 

起こってしまった事件である以上何を言っても後付けになってしまいますが、

今後同じような惨劇を起こさないことが重要であると考えており、多くの要素が絡み合い起こった当事件の中から、

精神疾患

精神障害者とその家族に対する支援

という2つの重要な要素に着目し、精神科領域の専門職である精神保健福祉士として今後同様の事件の発生を防ぐための手立て考えていく所存です。

 

 

事件の概要

  

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 元農水次官息子刺殺事件 

   

2019年6月1日午後3時15分、元農水省事務次官である熊沢被告は、自宅で長男の英一郎さんの首などを包丁で多数回突き刺し失血死させた。

  

英一郎さんはいじめをきっかけに中学2年から不登校となり、そこから家庭内暴力始まったという。

そして、10年以上前に大学進学を機に一度実家を出たが、今年5月下旬から再び同居すると暴力が再開。熊沢被告は5月26日ごろ、妻に英一郎さんへの殺意を打ち明けていたという。

妻によると、長男の妹は兄が原因で縁談が破談となり、数年前に自殺している。

また、妻も昨年12月に自殺を試みたが未遂であった。

 

被害者である長男について

  

アスペルガー症候群と診断されており、精神疾患である統合失調症も発症している。

中学時代にいじめを受けており、その当時から大学時代にかけた約7年間、母親に家庭内暴力を振るっていた。

大学進学後に1人暮らしを始めたが、事件1週間前に実家に戻っていた。

1人暮しをしていた時は、被告がその家のゴミ出しをしたり持病の薬を届ける等よく世話をしていたようで、実際に長男の主治医が法廷で、

「熊沢被告は、息子の面倒を大変よく見ていた。今ほど障害に対する社会的支援がない中、大変だったと思う」と述べた上で、「主治医のわたしに相談してほしかった。対応を検討することができた」と後悔の念を語っていた。

 

家族は疲弊していた

  

言葉で形容が出来ないぐらい、このご家族は疲弊されていたのだろうと思います。

ご長男はアスペルガー症候群であり、統合失調症も発症しています。

そして妹さんがご長男の病気により縁談が破談したことで自殺をされており、後に奥様も自殺未遂をされています。

被告が先般の犯行に至るほど追い詰められてしまうのも、無理もなかったのかもしれません・・・

 

また、被告は農水省の元事務次官というハイソサエティな肩書きをお持ちであり、ご長男の病気や、後に家族に起こった不幸について、長年に渡り第三者に相談することができなかったものと推察します。

現に、長男の主治医も「相談してほしかった。対応を検討することができた」と後悔の念を語っていたということです。

苦しみや痛みを内に溜め込み、大変苦悩されてきたのではないかと存じます。

 

ある意味、この事件は必然だったのでしょうか?

防ぐことが出来なかったのでしょうか?

 

次項より筆者の考察を述べていきたいと思います。

 

 

この事件は必然か?防げなかったのか?

 

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当然の如く、防げたとは言いきれません。

様々な要素が絡み合って起こった事件であると考えられ、ご長男の疾患やご家族の苦しみにアプローチが出来たとしてもそれで十分であるとはとても言えないからです。

 

しかしながら、適切な支援介入が出来ていれば、少なくとも『防げた可能性』はあったのだろうと考えます。

 

では、具体的にどのような支援があればよかったのか?

主治医の発言から、このご家庭は事情も相まってSOSを外部に中々出せずにおり、本来必要な支援を受けられていなかったものとお見受けします。その前提で考察をしていきます。 

 

どのような支援があれば良かったのか?

 

まず、どのような支援があれば被告を始めこのご家族の痛みを和らげることが出来たのかを考えていきます。

筆者は以下の3点について支援が "出来れば" 事件を防ぐ事ができたのではないかと考えます。

 

①専門職による長男宅への訪問支援

保健師や看護師、また精神保健福祉士等の発達障害精神疾患の専門職がご長男宅を訪問することにより、家族に向けられる陰性感情を軽減することができるものと考えます。

また、ご長男と、その障害特性を理解している専門職とが繋がる事により、生き辛さによる苦しみの軽減も期待できます。

少しでも前向きになれたならば、生活訓練等のサービスに繋ぐことも不可能ではないでしょう。

 

②当事者家族会のご紹介

当事者のご子息を持つご家族、つまり同じ境遇の人間と交流することにより苦しみを分かち合うことができます。

また、相談しにくいことも同じ境遇の相手であればそれがしやすいため、立場上中々相談がし辛かったであろう被告ご家族には合っていたのだろうと考えます。

 

③ご家族への疾患教育

筆者はよく、障害受容が中々出来ないご家族に対して、精神疾患の起こるメカニズムを説明した上で、「精神疾患は言うなれば風邪と同じ病気であり恥ずかしいことではない」ということを強く訴えます。

そして、支援以外にご家族が接する際、障害特性を踏まえてどうすればいいのか?

を説明します。

普通の方の多くは障害者の特性なんてご存知ありませんので、疾患とその支援方法のご紹介は必須です。

 

 

さて、筆者が必要であったと考える3つの支援をご紹介させて頂きました。

ですが、この項の冒頭で、

『支援が "出来れば" 事件を防ぐ事ができたのではないか』

と記した通り、肝心なのは『いかに支援を届けるのか?』ということです。

 

引きこもりの方は、『どう支援介入するか?』というところが最も難しいと言っても過言ではありません。

支援内容は誰でも考えられます。

『その支援をどのように必要な方に届けるか?』

が重要なのです。

次項よりこれについて考えていきます。

 

必要な支援をいかにして必要な方に届けるか?

 

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繰り返しとなりますが、被告とそのご家族は、主治医の発言より推察すると、SOSを外部に中々出せずにおり、本来必要な支援を受けられていなかったものと思われます。

ですので、SOSを出さない方、出せない方に対して、どのように必要な支援を届けるかという観点で考えていきたいと存じます。

 

医療に繋がっていなければ

 

医療に繋がっていなければ、引きこもりを始め、必要とする方に支援を届けることは非常に難しいと言わざるをえません。

ですが、地域の民生委員や地域包括は、その土地土地の支援が必要ながらも発信できない家庭の情報を持っている傾向にあります。

しかしながら、その情報が活かされるかどうかは残念ながらその方々の意識に依存しますので、A地域は支援介入が進んでいる一方、B地域は手付かずのまま手遅れになってから状況が発覚することが多いといった偏りがどうしても起こってしまいます。

 

では、どうすればいいのか?

奇策はありません。その地域の福祉に携わる人材の『当事者意識』を上げていくしかないのです。

講演会を始めとした地道な啓蒙活動を繰り返していくしか、手はありません。

当記事もその一助を担うものと筆者は考えています。

 

医療に繋がっていれば

  

その医療機関ソーシャルワーカーを中心とし、医師や外来看護師、その他の患者さん・利用者さんに関わる人間がどれだけ密に連係・情報共有し、そこから得られた情報を元に積極的な介入が出来るかどうかにかかっています。

そして、

「この患者さんどこの機関にも繋がっていないけど大丈夫かな?」とか、

「この患者さんのご家族見た事ないけど、連絡とっておいたほうがいいかな?」と、

仕事をしていると、嫌な予感のするケースが稀に出てくるものと思います。

 

こんな時、「まあ大丈夫だよね」とその予感の原因を放置すると、取り返しのつかないことになります。

多くは申しませんが、筆者はこれにより一生後悔の残る出来事を経験しました。

 

ですので、嫌な予感を感じたら迷わず行動に移して下さい。

空振りであればそれにこしたことはありませんが、もし予感が的中する事態であれば、その行動により救われる命があります。

 

『嫌な予感がしたら迷わず行動』

私が常に肝に銘じている言葉です。

 

SOSを出せる社会を創り出す~精神疾患への偏見をなくす~

 

これは、我々専門職に最も求められる使命であると考えています。

 

そもそもなぜ被告とそのご家族はSOSが出せなかったのか?

精神疾患に対して世の中が未だに偏見を持っているからです

 

極端な話をすると、仮に精神疾患が高血圧や糖尿病と同じような病気の1つとして純粋に扱われていたら、周りにSOSを出す事ができ、事件を防げた可能性が高いと思うのは私だけでしょうか?

社会にはびこる精神疾患への偏見がこのような凄惨な事件を生み出してしまったのではないでしょうか?

 

この偏見をなくすことが最も重要な使命であると私は捉えています。

 

被害者であるご長男が患っていた「統合失調症」はれっきとした病気です。

ドパミンが過剰に放出されることによる幻覚や妄想が症状の1つとされています。

 

例えとして正しいかは分かりませんが、

甲状腺ホルモンが過剰に放出される「バセドウ病」と同じく病気なのです。

ですが、現実は、前者はひた隠しにされ、後者は芸能人が罹患したらテレビは積極的に報道をします。

 

ここに本質があります。

 

 精神疾患に罹患される方の数は年々増えてきています。

しかし、それと比較して理解の促進は遅れているどころか、あまつさえ偏見が根強く残っています。

これを改善することが当記事で触れてきた事件を防ぐために、最も重要なことです。

 

精神疾患は他の病気と何ら変わらない病気なのです。

筆者は微力ながら、日々偏見と戦っていく所存です。

 

 

【まとめ】元事務次官長男殺害事件は防げたのか?

 

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先述のように、確実に防げたとは言えません。

様々な要素が絡み合って起こった事件です。

しかしながら、ご家族に対して適切な支援を届けることが出来たならば、防げる可能性はあったはずです。

 

そして、SOSを出せない方々に支援を届けるために、

 

  1. 地域の当事者意識を上げる活動
  2. 医療機関の専門職の連携と積極的な行動
  3. 世の中の偏見をなくすこと

 

以上の3点が重要です。

 

当記事では、皆様の記憶にも新しい『元事務次官長男殺害事件』について、

今後このような事件を起こさない、または防ぐために専門職として何が出来るかということを考察して参りました。

 

そして当記事はあくまで、不肖者の筆者の考えに過ぎません。

ですので、お目通し頂いた皆様から、

「それよりもこのような支援がいい」

「もっと違う側面から捉えたほうがいい」

といった私の見えていないお考えをご意見として頂くことによって、

結果的に今後に繋がるメソッドとして積みあがっていくことを期待しております。

 

以上。

  

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